複雑性PTSDは過剰診断か

テレフォン人生相談
心の病気

テレフォン人生相談2016年4月8日、3年前に組合の研修旅行で複雑性PTSDを発症した長男、当時34歳。37歳になった今でも外出がままならない状態。懇親会の席で、隣に座った人から威圧的な事を言われた事が原因らしい。一時は記憶喪失状態になっていたが、エクスポージャ法で、記憶を取り戻す。農業も、少ししかできない状態で、ほとんど閉じこもり気味。小学3年生の時、イジメを受けて登校拒否、教頭に頼み翌年は担任を代えてもらう。小学5年生の時、1級上の6年生から朝早く呼び出されて2階の窓から足首を掴まれて、逆さまにされた過去を初めて話してくれる。高橋龍太郎は、複雑性PTSDは過剰診断ではないかと疑い、親からの虐待はないか?と問う。自分の言葉を言語化できなかったのか。嫁は医者からストレス内容を聞いているが、母親には教えていない。隠す理由は何故なのか。

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テレフォン人生相談2016年4月8日(金)

パーソナリティ:ドリアン助川
回答者:高橋龍太郎(精神科医)
相談者:女性(年齢不詳)農業 長男37歳(近くに住んでいる) 長男嫁 子供3人

テレフォン人生相談の読み方・歩き方

放送された相談と回答は、限られた時間内で録音された内容を、カット・編集されたものです。
相談者の背景や現況がカット・編集されることも多く、どちらかと言えば、回答・アドバイス寄りにカット・編集されている事もあるようです。
音声はありませんが、文字起こしから、曖昧な返事や、相槌、繰り返し話される言葉は、極力カットして、なるべく意味が通じるように編集したものになります。
聞き漏らした方、もう一度、内容を確認したい場合に、ご利用ください。

ドリアン助川 虐められた記憶がPTSDに繋がるか

威圧的に言った人の目付きが、小学生の時に虐めた1級上の子の目付きを思い出させたという息子。果たして虐められた記憶が、複雑性PTSDに繋がるものなのか。

複雑性PTSDと診断

私の長男のことで、困っている、と相談者(以下、母親という)
3年前に研修旅行の先で、複雑性PTSDになったんです。
それ以降、治療になって、仕事はちょっとだけするんですけれども、あとはしないで、多少は回復気味になっているんですけれども、子供3人抱えて、この先どうしたらいいか分からなくて、困っている。

研修旅行の懇親会の先のことで、お酒が入っていたみたいなんですね、その時に息子が 3日ほどしてから、「俺は殺されるような気がした」っていうくらい、恐怖心を味わってきたみたいなんですよ、と母親。

相手の方は、普通に喋ったし、何もそんな感じは(恐怖心を与えるような)してないと言うんです。
だけど、隣に座っていただけの人に聞くと、威圧的に喋っていたとか、俺の勝手に青年部辞めたとかっていう言葉は、あとから私等が聞いた上で、分かったことで、あと一切、向こうは何もしないっていう一点張りで、と母親。

複雑性PTSDになるのには、うちの息子が、普通の会話で、そういう病気になるものなのか、もともと、そういうなりやすい質っていうか、それを教えていただきたくて、と母親。

楽しいはずの研修旅行

まずですね、今、複雑性PTSDという言葉が出たんですけれども、具体的にはどういう症状が出てるんですか?とドリアン助川。
手に汗をかき、本人のことやら、会に行出た人のことを思い出したり、顔を見たりすると、発作というか、顔が青ざめて、ふるえがきて、それで、病院を変えていったら、この診断を受けたんですよ、と母親。

その時に、そこの病院で、エクスポージャー法治療って言うんですか、それを受けて、それは終わったんですけれども、未だに通院して、働かないのが1番困りますしね、と母親。

ご長男、おいくつでしょう?とドリアン助川。
37歳、と母親。
このご長男が、3年前に研修旅行というのは、この時期に仕事を変えられたワケですか、それとも、前からいる会社ですか?とドリアン助川。

いえ、会社ではないんです、農家なものですからね、組合がいろいろあるんですよ、と母親。
その組合で、行ったんですよね。

どういう内容の研修旅行なんでしょうか?とドリアン助川。
研修旅行というのはただ、1泊とまってどこか見て、そして帰ってくるっていうのが、別に勉強するというわけでは、ないようで、ただ、そういう名目で行くんですよ、と母親。

例えばですね、管理者養成のための旅行とかいって、厳しい内容の・・・とドリアン助川。
組合員の希望を募って、ただ、名目は研修旅行って言うだけで行くんです、と母親。

では、本来であれが楽しいはずの旅行であったのに、ということですね、とドリアン助川。
そのお酒の席で、同じく農業やってらっしゃる方でしょう、その方から色々言われた。

それによって息子さんの精神状態が、不安定なものになった、ということなんですね、とドリアン助川。
この時に、何も言われたかということは、聞いてないんですか?

記憶がなく妄想を言う

ショックが大きくて、一時、記憶喪失症みたいになって、自分が何を言われたのか、一時消えてしまって、妄想を言ってたみたいなんですよ。
それをエクスポージャー法の通院に通って、記憶を戻すような形で、今になったら落ち着いて、だいたい記憶が戻ったって言うんですよ、と母親。

この相手っていうのは、年上の人間ですか?とドリアン助川。
そうですね、何歳と言われても、把握してないんですけれど、と母親。
昔から、ご長男もその方のことは知っているわけですよね?とドリアン助川。

知っているというか、そういう町内の役をやっていると、自ずと今まで知らなかった人でも、話ししたりはしますよね、そういう関係です、と母親。

それで、現在は1番ひどい時の症状よりは、良くなっているんですか?とドリアン助川。
良くなっています、と母親。

恐怖心から閉じこもる

農業の仕事には、今、出ていらっしゃるんですか?とドリアン助川。
少ししてます、それだけで、あとは家にほとんど閉じこもりきりで、私等、家族には普通に話もするし、ただ他所に出ると、用足しに行ったら狭いところですので、旅行に行った人に、行き会ったりすると、嫌だって言って、そうして、ひどい時なら帰ってきてから、発作起きるから用足しなくなっちゃったんですよね、と母親。

外へ出て行かなくなったってことですね、とドリアン助川。
そういう、恐怖心が、まだ残ってるような気もするんですよね、と母親。

それでご長男は、この研修旅行をきっかけに、変わったのか?小さい頃にこういうことはなかったですか?例えば喧嘩で負けて帰ってきてしばらく、出られなかったとか、そういうことないですか?とドリアン助川。

虐められた記憶

いえ、それが小学校の時から、いじめられて、登校拒否になって、本当にもう苦労しました、と母親。
登校拒否っていうのはいつ頃のことですか?とドリアン助川。

小学校3年生のときですね、それで教頭先生に泣きついていって、次の年の4年生の担任の先生を変えてもらって、そして一時収まった。
だけども、今度息子が5年生の時に、学校を新築したもんだから、 2階建てになり、1級上の6年生の子に、朝早く呼び出されて、2階から足首だけつかまれて、落とされそうになったりとか、言うんですよね、と母親。

それで、何でやられた時、言わなかったんだって言ったら、「とても恐ろしくて、僕、言われない」って言うんですよ、と母親。
いつ分かったんですか、そういう体験をしたっていうのは?とドリアン助川。

3年前にショック受けたときに、虐めてた子の目付きを思い出したって言うんですよ。
それで息子が経験した、そういう事が、PTSDに繋がっていくっていうのかなって思ったりして、ちょっと相談したかったんです、と母親。

分かりました、何か打開策はないかということですね、とドリアン助川。

高橋龍太郎アドバイス 嫁が理由を話さない

思い出した記憶の詳細を、知っておく必要があると高橋龍太郎、本人ではなく、医者から聞くことを薦めると、医者は嫁に話したとの事。嫁から何も聞いていない母親、また、聞かない理由は何故なのか。

虐めは続いたのか

小学校5年生の時に、小学校6年生に2階から、足首をもって、ぶら下げられた以降は、どうだったですか、中学・高校?と高橋龍太郎。

中学のときはね、そういうことはなかったみたいだと思います。
私も小さい時からそういう経験があったもので、中学に行ったら学校、こういう状態ですよって言うことを、私が校長先生に頼んできたこともあります、と母親。

でも中学の先生はみんな、しっかりしていてくれたんでしょうか、そういうトラブルはなかったんですよね、と母親。
高校は?と高橋龍太郎。
高校もなかったんですよね、と母親。

で、すぐ農業ですか、それとも?と高橋龍太郎。
いえ、あの、大学に行きました、と母親。
大学に行ってどうだったですか?と高橋龍太郎。
いえ、そういうことはなかったと思います、と母親。

で、サークル活動や何かは、ちゃんとやっていた?と高橋龍太郎。
サークル入っていたか知りませんけども、何もトラブルないと思いますね、と母親。

複雑性PTSDは過剰診断かも

PTSDって基本的に言うと、今、あんまり使われ過ぎているので、あんまりむしろ使わなくなっているんですけれど、致命的な、要するに自分が、命に関わるような恐怖感を味わった後の心理的な状態っていう、割ときっちり限局するようになってきているんです、と高橋龍太郎。

で、PTSD、複雑性っていうのは、致命的ではないんだけれど、このイジメのようなケースが、連続して、例えば家族に、20歳くらいまで、虐待を受け続けてきた人が、例えば大人になって、父親って言った時に、さっき言ったように、いろんな反応するとか、そういう連続した過去の、不幸な出来事の、致命的ではないけれど、ストレスを与えるものの、積み重ねで出てくる精神的な症状っていうのを、複雑性PTSDですって言うので、小学校3年生の時と小学校5年生の時にいじめられたことを、その間、ずーっと無しで、37歳で今、3年前だと、34歳の時に、宴会で何か言われたから、これは複雑性PTSDですねって言うとすると、ちょっと過剰診断だと思います、と高橋龍太郎。

そういうストレスを受けやすいタイプの人っているんですよね。もちろん、だから息子さんはそんな側面があるのかもしれませんね。
ただし、よっぽど、小学校5年生の時の、恐怖感がものすごく強くて、それが少ししまいこまれていて、年上の人から言われたときに、恐怖感がまざまざと甦ったんだと思いますが、これはだけど、中学、高校と大学と無事に来たんだから、そのトラウマは心理的な外傷、ある程度乗り越えてるはずなので、もしそれが蘇るとすると、その宴会で、例えば、肉体的な暴力をふるわれたっていうようなことであれば、小学校5年生の時の事を、思い出すって流れはゼロではないんだと思うんですけれども、言葉のやりとりだけだったんでしょ、と高橋龍太郎。

知っていて話さない嫁

ただ、それが何て言われたのか分かんないの?と高橋龍太郎。
本人はあまりしゃべりたがらないんですよね、と母親。
もちろん、リスキーな時は根掘り葉掘り聞くって事は、決していいことではないけれど、全く腫れものに触れないで、 2階にいるの放っておくって言うよりは、もう少し家族の側が、要するに彼の意識の中では周りには、自分にとって味方がいないけれども、家族が支えてるぞっていう気持ちを、彼に伝えるためにも、ある程度事実関係は知っておいた方がいいと思いますよ、と高橋龍太郎。

記憶は大体戻ってるとは聞きますけれども、詳しいことって聞いてないですね、と母親。
詳しい事を本人から聞くのが大変だったら、精神科医の所へ行って、こういうことが起きて、こういう・・・うん、と高橋龍太郎。

あの・・・それをね、お願いしたんですけれども、向こうの方では、お嫁さんのほうに言ってるから何も話すことはありませんって言われて、と母親。
それじゃあ、お嫁さんは、知ってるわけですよね?と高橋龍太郎。

ええ・・・だけど、お嫁さんは、できるだけ普通の生活に戻るように、努力をしなきゃいけないしって言って、そのようなことを先生に言われるんじゃないんじゃないでしょうか、と母親。

こういう強いストレスが、その時にあったんですよっていう内容を、お嫁さんに伝えてあるわけですよね、と高橋龍太郎。
ああ・・・それは聞いていません、お嫁さんも言わないし、と母親。

だって、それが共有されないうちに、もう、どんどん外出てくださいというふうに精神科医は言わないはずですよ、と高橋龍太郎。
ああ・・・じゃあ、言ってるんですね、じゃあね、と母親。
もちろん、もちろん、言ってると思います、と高橋龍太郎。

親子関係を疑う高橋龍太郎

逆に言うと、こういうことです、わからないうちは人間は、何が起きるか不安でしょうがないんですけれど、事実関係を自分の言葉として、表現できれば、それだけもう少しずつ自分が防衛できるってことなんですよ、と高橋龍太郎。

だから、彼に問い詰める必要はないけど、ある程度どこまでどうなってるかっていうことを、納得してかないと、不安と苛立ちばっかり周りにあると、良くなるものも良くなっていかないですよ、息子さんの、と高橋龍太郎。

だから、少し安心感を、みんなが持つようにして、事実関係は確認しておいた方がいいです、と高橋龍太郎。

それから、PTSDの、治り方としてもちょっとなんか妙に、時間がかかりすぎていて、本当に、言葉だけの問題で何か起きているのとは、ちょっと想像するのと落差があるので、例えば親子関係で問題があったとか、そういうことは全然ないんです?と高橋龍太郎。

親子関係?と母親。
うん、と高橋龍太郎。
例えば、お父さんと・・・

喧嘩にはならないんですよ、と母親。
ただうちは一方的にカンカンカンカンと言って、そしてそれを聞いて、息子は、反論をしないでただ、アレしてるって状態は、見受けられます。

そうするとね、そういう風に自分のことを、なかなか言語化できなくて、その場でも言いたいことを言えばいいのを、飲み込んでしまったことで、例えばいじめっ子の目を思い出したり、お父さんのこともしかしたら、思い出しているのかもしれないしね、と高橋健太郎。

だからそういうことも含めて、お嫁さんとあなたとで、少し話し合いをして、精神科医のところに相談に行って、自分たちの対処すべき問題は、どんなところにありますかっていう事実を1番よく知っている主人の先生に、とりあえず伺ってみてください、それが解決の第一歩だと思います、と高橋龍太郎。

ドリアン助川まとめ 根気よく

ご長男の奥さんと、お嫁さんと話をする機会というのは、あまりないんですか?とドリアン助川。
いえ、すぐそばにいるので、それができると思います。と母親。

そうですか、でもまずは根気よくやられてくださいね、とドリアン助川。

管理人のちょっとひと言

高橋先生が感じた違和感、それもそうだろう、事実の断片しか伝えられていないのだから。
相談者である母親に分かっていることが、全てではないから。
複雑性PTSDという診断と、喪った記憶がエクスポージャ法の治療で蘇ってきたこと。

小学生の時に虐められた記憶と、威圧的な言葉を発した人の目付きを思い出したこと
父親から言われた事を、ただ黙って聞いていた息子が、一体どんな気持ちでいたのか

母親は言う、自らもイジメられた体験があり、前もって校長先生に頼み込んだ事で避けられたと。
いい先生ばかりで、トラブルはなかったと
それは、本当だろうか?

嫁の存在が出るまでは、あたかも母親が息子の事は、全て分かっているような話し方だったけれど
良く聞くと、そう言われるんじゃないか、みたいな思い込みが多い。
つまり、この相談自体、相談者が知りえた情報で、組み立てられた架空の話し、それこそ妄想の可能性だってある。

精神科医から、嫁さんに話したから、話すことはないと言われている。
おまけに嫁さんは、すぐ近くに居るのに、何も話がされていない。
だから、テレフォン人生相談に電話した。

何も教えてもらえないし、何も聞けないから、勝手に相談したんだよね。
だから、その事実は最後まで、話さない。
当たり前だけど、お医者さんから聞けたり、お嫁さんから話を聞けたら、電話する必要なんか、まったくないんだから。

じゃあ、お嫁さんは、何故話をしてくれないのか?

ポイントは、ここにあるんじゃないだろうか。
母親の存在が、長男を、ずっと苦しめてきたのかもしれない。
自分が頼み込んで、改善された話しはしても、実際にあった事実は知らされてきていない。

足首を持って、ぶら下げられた話を聞かされたのは、最近のこと。
そんなのは、氷山の一角だろう。
中学、高校と、虐められていたんじゃないんだろうか。

父親だけか?一方的に言っていたのは
そこに、自分は加わってはいなかったか?

嫁さんから、話しを聞き出せない限り、分からない事実。
それを、証明するように、高橋先生が、こう言っている言葉を聞き逃してはいけない。

『PTSDの、治り方としてもちょっとなんか妙に、時間がかかりすぎていて、本当に、言葉だけの問題で何か起きているのとは、ちょっと想像するのと落差があるので』

もしも、近くに原因があったら、どうだろう?
それが、母親にも起因するんだとしたら・・・

治り方が遅いのも、納得いかないか。

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